災い転じて

事の起こりは先週木曜日。炊飯器の中に入れて使う離乳食用お粥カップ(これを使うと炊飯器の中でご飯とお粥が同時に炊ける)を買ったので、京子のお粥作りに使ってみた。うちの炊飯器は夫が独身時代から使っている3合の1人暮らし用。いつかは大きい炊飯器が欲しいよね、と話しながらもまだそれほど不便を感じていなかったので、結婚後もそのまま使っていた。私たちが食べる分のお米を炊飯器に入れ、京子のお粥のお米をカップに入れて、炊飯器のお米の上に置く。炊飯器が小さいのでちょっとフタがぶつかるなあと思ったけど、そのままスイッチオン。
その晩のおかずは夫の好きなカキフライで、帰宅した夫は大喜びだった。さあごはんを食べようと炊飯器のフタを開けてみると、…なんか白い。ご飯が白いのは当たり前だけど、不透明に白く、炊きたての湯気が上がらないし、炊飯器全体にいつもと違う硬〜い雰囲気が漂っている。おそるおそるちょっとつまんで食べてみると…超芯飯。お粥カップの取扱説明書をよく読んでみると、「本体が炊飯機のフタの内側に接触するような場合は使用できません。」と書いてあった。うちの炊飯器では小さく、熱がうまく回らずにご飯もお粥も芯飯になってしまったのだ。
その夜は、ホーローの鍋に芯飯たちを救い出し、水を足して全部お粥に炊き直した。少しマシかな、と思う部分のご飯を少し茶碗に盛ってみたのだが、いつも食べている同じお米とは思えない…。芯飯というのは、一口でも食べたときのショックがなぜだかとても大きい。決して忘れることのできない歯ごたえと味。「…なんかチャリ部の合宿の失敗ご飯みたいやな…」「なんでここで、カキフライをおかずに芯飯食べとるんやろうな…」と2人で学生時代のサイクリング部のキャンプを思い出した。
しばらくしんみりとご飯なしでカキフライを食べていたが、夫が「今週末、炊飯器買お!」と言いだした。「えー、まだ使えるんちゃうん?」「いや、今のんで壊れたかもしれへんし、もう1回炊いてみてまた芯飯やったら嫌やし、この機会にええのん買お!」夫の決意は固い。夫は私よりも家電にうるさく、家電大好き。確かにじきに3人がご飯を食べるようになると、今の3合炊きでは小さいし、週末に買いに行くことにした。(そして私たちはその晩のお粥を冷凍し、週末までおじやを食べ続けた。主に私が。)
待ちに待った土曜日の午後、昼寝から目覚めたご機嫌の京子も一緒に電器店へ。ここは家電にこだわる夫にまかせ、そして夫が選んだのは某メーカーの炭炊きIH炊飯ジャー。なんと純度99.9%の炭素材料を圧縮・焼成し、削り出して仕上げたという炭の釜。その釜にはシリアルナンバーまで入っている。
その晩は夫がご飯を炊き、私がおかずを作った。「白米の美味しさを引き立てるおかずがいいな」ということで、シンプルに、ほうれん草のおひたし、わかめと豆腐の味噌汁、鶏の塩焼きにした。美味しいご飯が食べられる…と思うと、不思議に味噌汁のだしもいつもより丁寧にとりたくなり、おひたしも丁寧に作りたくなる。ご飯の炊き方は「ふつう・かため・やわらか」のかたさと、「もちもち・さっぱり」のねばりの組み合わせで6通りから選べる。この日は「ふつう・もちもち」にしてみた。
そして、食べたのだけれど…。ホントに美味しかった。すべては炭釜炊飯器様のお陰なのだが、今まで私たちが食べていたご飯は何だったんだろうと思った。ご飯の粒が一粒一粒つぶれずきれいにつやつやとしており、なんだかお米がみんな喜んでいるみたいに見える。確かに「主食」だと思った。もちろん、きちんとした方法で米を研いでざるにあげて吸水させ、土鍋などを使えばちゃんとした美味しいご飯が炊けるけれども、便利な生活に慣れてしまった私たちには毎食そうしてご飯を炊くことはなかなか難しい。スイッチを入れるだけで毎回確実にこれだけ美味しいご飯が炊けてしまうなんて、技術の進歩は素晴らしい…。それにしても、毎日食べるご飯がほんとに美味しいって大事なことやな…と、私たちは実感したのだ。お米に、ご飯に、感謝したくなる味だった。
災い転じて福となった。お米の地獄と天国を味わった、先週末の我が家であった。