つながり

tamago-ayako2006-04-27

1週間ほど前、三鷹に住む絵本作家のMさんから京子への贈り物の絵本と、私への結婚・出産祝いの絵(シルクスクリーン)と本とがおくられてきた。
Mさんとの出会いは20年前、石川の山中温泉。両親につれられて行った絵本の研修会だった。今でも憶えているが、父が今は亡くなった赤羽末吉さん(『スーホの白い馬』の絵を描かれた人)に私を紹介してくれたことや、五味太郎さんに描いてもらったヨロヨロした細いペン字の色紙が彼の絵のイメージと違って意外だったことや、五味さんの奥さんはとってもきれいで素敵だなあと思ったこと・・・小学校3年生の夏休みだった。
Mさんとは母に言われて行ったホテルの部屋で出会った。主催者かホテルの手違いで、私たち家族の部屋とMさんの部屋が重なってしまい、Mさんがホテルの人に交渉をしているところだったと思う。私はMさんの胸につけられた名札を見て「あ、この人があの本の作者のMさんだ」と思った。その後、確かMさんが「○時からお話をするからよかったら聴きにいらっしゃい」と私を誘ってくださったのだと思う。父や母も知らないところで、小学校3年生の私が一人で大人に混じって一番前の席でMさんの講演を聴いたのだから。Mさんの話は小学生の私にもとても楽しく、紙芝居をまじえたり、バートンの『ちいさいおうち』がなぜ素晴らしいのかを語ってくださったりした。講演が終わった後、Mさんは講演で使った紙芝居にサインをして私にくれ、自宅の住所を教えてくださった。そのときからMさんと私との手紙のやりとりが始まった。以来、もう20年になる。Mさんと直接会ったのはその1度きりだけれど、毎年の年賀状、私の中学校入学や高校卒業、大学時代、就職、結婚と折々に手紙を交わし、Mさんからいく度も絵本や紙芝居をいただいた。毎年届くMさんからの年賀状にはいつもこんな言葉があった。「素敵な日々を創っていってくださいね」。私は、自分の毎日は自分で創っていくものなのだと知った。
確か私が学生だったとき、Mさんは手紙でこんな言葉もくださった。「私は、”自分の世界”をもっている子どもが好きなのです。あなたはあのとき小さかったけれど、はっきりとあなた自身の世界を私に感じさせました。あなたはきっと自分自身の力で人生を響かせていくことができるでしょう」。自分の進む道を定められずに迷っていた私は、どんなに励まされたかわからない。
Mさんは、京子に贈ってくださった9冊の赤ちゃん絵本に、1冊ずつ丁寧に京子への言葉とサインを入れてくださっていた。この夏、Mさんが岐阜に講演に来られる。京子と一緒に20年ぶりにお会いできるといいなあと思う。
Mさんは、小学生だった私のことも一人の人として対等に接してくれた素敵な大人だった。Mさんが私にいつも大事に言葉をおくってくれてとても嬉しかった気持ちが、今の私のどこか根底にあるように思う。自分も子どもたちに、どんなときも大事に言葉をおくろうと思う。ひとりの人との出会いとつながりが、自分の中で育ち、また新たな人とのつながりを生んでいこうとしている。