表現するということ

tamago-ayako2006-03-08

一昨日の夜、このブログに引っ越したばかりでまだなんとなく試行錯誤しながら書いている。
前に使っていたブログは簡易的なものだったので、すぐに容量がいっぱいになってしまった。(http://geocities.yahoo.co.jp/gl/tamago_ayako)少し前の日経新聞の記事を読んで、このサイトを使わせてもらうことにした。
何年も前から自分のHPを持ちたいと思っていたのだが、なかなかそこまでの情報量や手を入れる時間を確保できなくて踏み出せずにいた。しかし、昨今のブログの登場で本当に気楽に文章を公開するということを始められるようになったのが嬉しい。この「はてなダイアリー」は容量もしっかりしているしサービスも豊富だ。便利になったものだ。今年のはじめにふと「自分の文章を書く場所がほしい!」という衝動にかられてとりあえずの一歩として始めたブログだが、このサイトに引っ越してようやく腰を据えてスタートできそうな気がしている。またゆっくりとつづっていこう。
しかし、画面のデザインや文字の並び方に自分が慣れていないうちは、なんとなく言葉もなじんでいないような感じ…。前のブログの画面の雰囲気にようやく慣れてきたところだったので、まだ違和感がある。言葉は生身の人間から発せられるもので生きているから。
昨日の夜、弟と話をするなかで「表現する」ということについて考えた。私は文章を書くことが好きだけれど、どんな小さな自分であれ、どんなに短いメールの文章であれ、そのときの自分が心地よいと思える言葉や文章を生み出したいなと思っている。ささやかな努力。もちろん後から読んで違和感をおぼえることもあるけれど、そのときそのときの生きた言葉を大切にしたい。この小さな積み重ねが今の私の「表現」なのかも。

今日もよく晴れている。弟いわく、杉の花粉が舞っているらしい。遠くの山や空が霞んで見えるのはそのためか…。幸い花粉症でない私はあたたかい陽気を楽しんでいる。
今は布おむつ40枚を洗濯中。出産前に一度洗ってのりを取っておくのだ。なんとなく絵本の「せんたくかあちゃん」を思い出す。